日々、積笑

笑って過ごせる毎日

残すところ後2日

Posted by yokka on   0  0

先週からお別れ会続きで、もうかれこれ1年近く会っていない
友人達と久しぶりに顔を見て互いの近況報告ができた。
先週からの一週間は34年間生きてきて、「寂しくなるよ」と
言われた堂々第1位の週になったことだろう。

引っ越すと決まった最初の一晩、正直「寂しいな」と思ったが、
後は、とにかくやならければならないことが多すぎて、
はたまた、北海道に行ってからの生活を想像すると
寂しさを噛み締めている時間がないのだ。

数ヶ月前に友人が岩手に先に引っ越した。最後に会いに行こうと
していたのだが、時間が合わず、メールで「元気でね」で
済ませてしまった。その時、旅立つ友人が「またいつでも会える
けん、別に会わんでも大丈夫よ~」みたいな事を言ったので
「そうだけど、ちょっぴり寂しいじゃん」と思った。
だけど、実際に自分が引っ越すとなると、ぼんやり感傷に浸る
余裕のない友人の気持ちも今ならわかるというものだ。

ま、でも「いつでも会えるよ」って言っても実際いつ会えるか
わからないのだから、会える時に会っておいたほうがいいだろう。
それに面と向かって「寂しくなるよ」って言われると、
どんなに忙しくてもやはり胸がじんとしてしまうものだ。

そういえば、最近茶色ののら猫がすっかり家になついてしまった。
夕方になると、テラスの隅でじーっと私か旦那が出てくるのを
待っている。部屋に私達がいる気配を感じると「にゃーにゃー」
鳴いて、おねだりをする。餌をあげるよりも、なでて欲しいようで
餌には見向きもせず、頭や体を摺り寄せてくる。
そして、ここ2、3日今までより、より一層甘え方が過剰になって
きた。陽が落ちるまで、テラスの隅でじーっと待っている。
まるでお別れするのをわかっているみたいだなぁと思ってしまった。

この家で寝起きするのも明日の晩まで。残すところ2日である。
パソコンも片付けてしまうので、福岡でのブログは今晩が最後となる。
九州でお世話になった皆さん!本当にありがとうございました。
北海道はでっかいどおーぅで、パワーアップを図りたいと思います。
次回より九州人ならではの視点で、北海道情報をお送りします。
皆さん、どうぞお元気で☆!!!

学友

Posted by yokka on   2  0

昨日は、大学時代の友人達とのお別れ会だった。
数年ぶりに顔をみる友人もいて、大いに盛り上がった。
ほんの数年の間だが、独身だった友人達が母親になっていると
20代後半から30代前半の数年間は激変の年だなと感じる。
話題も、妊娠や子育てについて。私も含め子供を産んでいない者に
とってはやたら生々しかったが、ある意味勉強になった。

学生時代のアルバムを数冊持って行っていたので、若かりし頃の
自分達を見て大ウケ。洋服や化粧、髪型などやはり一昔前というのが
もろわかる。しかも、私など今でも太っているが、昔は
信じられないぐらい顔がまん丸である。しかし、ここはあえて
自分の恥をさらし、大笑いしたほうが潔いではないか。
昔も今も自分としては、中身はそれほど変わった気がしないが、
やはり各々、色々な経験を経てそれなりの顔つきになっているのである。
それにしてもみんな子供を預けてきたり、体調が悪いのに出てきて
くれたり、新居の引越しで忙しかったりの中、時間をつくって
集まってくれて本当に嬉しかった。

その昔私が小学生の頃、父親の転勤が決まると、本当は
一番仲良しの友達に真っ先に言いたいのだが、仲良しなだけに
なぜか言い出せず、引越しの当日まで「どうしようどうしよう」と
悩んで、結局きちんとお別れをすることなく引っ越してしまい、
後々ずっと「きちんとお別れすればよかった」と後悔していた。
だから、なんとなく今回は、久々に友人達と離れ離れになることになり、
「みんなにきちんと、お別れをしなければ!」という思いを
強く持った気がする。引越しの準備を後回しにしても、友人達に
お別れを言えてよかったと思う。(外食続きで体重増もなんのその♪)
しかし実際のところ、私がお礼やお別れを言うというよりは、
みんなに温かく送り出されているのである。みんなに感謝。

さて、現在30代前半から、さらに数年先の将来は、私もみんなも
変化の時間はしばらく続くだろう。顔つきも体型もまた変わるかも
しれないが、みんなが集まれば、昔も今も将来も、全く変わらず
ワイワイがやがやと笑い合えること間違いなし。それが『学友』だ。
次回、この顔ぶれに会えるのを、すこぶる楽しみにしておこうと思う。
スタンド1
(special thanks☆)

タイミング

Posted by yokka on   0  0

先日日曜に旦那と私と二人の共通の友人、3人で食事をした。
場所は、中州の「THE HAKATA HARP」というIrish Pub。
この店は旦那とキャナルで映画を見た帰りに、よく一杯飲みに
立ち寄っていた店である。ギネスがおいしいのと、
フィッシュ&チップスが揚げたてアツアツでうまい。
久々の3人での飲み会なので、昔話がつきない。なにせ、
この友人がいなければ、私達夫婦は出会うことはなかったのだから。

さて、この日は17時から19時までの2時間の飲み会となった。
なにせ、日曜日のこの時間帯は「ハッピーアワー」と言って、
通常ギネスの1/2パイント 530円 → 315円
エビス 630円 → 370円 とめちゃめちゃお得なのだ!
「ハッピーアワー」を知ってからは、平日や日曜日のこの
時間帯を狙って来ていたぐらいだ。ギネス好きにはたまらない。

さて、結婚後、私の周りの独身の友人達には、しばしば
「どうやって結婚って決めたの?」と質問される。
実際私も独身時代は、既婚の友人に同じことを質問していた。
皆答えは同じである。「う~ん、なんとなくタイミングかな」
私も同じように答える。しかし、実際自分が結婚してみると
本当にそう言うしかないのである。
結婚願望があった訳でもなく、仕事に命を燃やしていた私が
突然専業主婦になるなんて、自分自身が一番予想していなかった
出来事である。やっぱり、何かしらのタイミングなのだ。

話は戻るが、飲みながら、本当に不思議な縁だなぁと思った。
友人が旦那と出会わなければ、はたまた私が友人と同じ習い事を
しなければ、そして3人が酒飲みでなければ、私と旦那とは
出会わなかったのだ。その後、今思えば色々なタイミングが
ちょっとずつ重なって、今に至るのだ。
結婚に限らず、仕事にしてもその時々で、不思議なタイミングが
働いている気がする。しかし、そのタイミングは、結局のところ
自分と出逢った人々を介して、つながっている。
タイミングは人の縁があってこそ、発生しているという気がする。

それにしても、このお店で旦那と二人で飲み明かしたことや、
それぞれの家で友人と3人で語り明かしたことが懐かしく、
それでいてしばしの別れをちょっぴり寂しく感じた夜であった。



Irish Pub 「THE HAKATA HARP」
福岡市博多区須崎町1-1 ホテルエクレール博多半地下
092-283-6446 年中無休

優雅なランチ

Posted by yokka on   0  0

今日は、元会社の上司、先輩と3人で優雅なランチタイムを
過ごす事になった。場所は天神の『鉄板権八』
元上司のセレクトである。なんだかメールで聞いた限り
ちょっとコジャレタ感じがしたので、いつもの気の抜けた服装は
やめておいて、少しだけ普通の格好をすることにした。

行ってみるとやっぱり店の雰囲気から高級感がある。
「ジーンズでこなくて良かった・・・」と思って、
鉄板焼きのカウンター席に座ると、他のお客さんはわりと
ラフな感じである。ちょっと構えてしまったのは、私だけ
だったようだ。しかし、お昼のランチで2800円なので、
やはりそれなりのお店である。

まずは、スタッフの人がとても感じが良かった。
きちんと教育されているのがわかる。それでいて肩に力の入った
かしこまった接客ではなく、その人の人柄が伺えるような
自然な丁寧さだったので、尚更好印象。

さて、料理の内容は以下の通り。
【ランチコース】
バーニャカウダ(有機野菜をアンチョビガーリックソースで)
帆立貝(太白胡麻油とトマトのソース)
特選和牛ハンバーグ
玄米ご飯
甘味
お茶

まず、ガーリックソースは器を香炉のようなものに乗せて
アツアツで出てくるので、チーズフォンデュのような感じで
野菜をソースにつけて食べる。なんだかこんな食べ方は
初めてなので緊張するが、店長さんがさりげなく
「そのまま手で食べてくださいね」と言って下さった。
(さりげなくにっこり)「はい・・・」と言いつつ内心
「(おー、手で食べていいのか!)」と思っていた。
そんな気配りも、気楽に食事を楽しめる演出だよなぁ。
野菜はどれも、さくさくパリパリでおいしかった。
その後の帆立、ハンバーグとどれも「いい仕事してるなぁ」と
思わず口に出してしまうほどのおいしさであった。

そしてデザートは席を変えて、テラスでいただく。
これまた、アイス、白玉だんご、フルーツ、クリームブリュレの
4種類がそれぞれ小さなお皿に乗って出てきた。
デザートが数種類出てくるって女子にはたまりません。全て完食。
すると、上司の粋な計らいで、用意されていたケーキが出てきた。
私達3人は、先輩後輩関係だが、実は同じ34歳なので、
「祝34歳 万歳!」ってことで、用意してくれたのだ。
この上司が男だったなら、私はきっとイチコロであっただろう。
ゆっくり2時間ほどかけて、食事と会話を楽しんだ。お天気がよく
風が気持ちよかったので、テラスも心地良かった。

それにしてもお二人は同じ年なのに、私とは貫禄や人間性の厚みが違う。
それでいて、いつも面白おかしく周りを楽しませる。
お二人から学んだことは多く、また大人になってから
私の間違いを真剣に厳しく指摘してくれた唯一の存在である。
一時期志を同じくしていたものの、今となってはそれぞれ
全く異なる道を歩んでいる。それでも、お二人は私にとって
これからも憧れの存在であることには変わりないであろう。
そして「34歳トリオ」を祝った今日は、なんだかずっと心に残りそうだ。



権八TEPPAN
福岡市中央区天神2-3-24天神ルーチェ7F 092-737-2666
http://www.teppan.gonpachi.jp/jp/casual/home/index

方言

Posted by yokka on   0  0

以前会社の上司で東京の人に「ららは標準語風にしゃべってる
つもりだろうけど、なまってるよね」と笑われた。
おっと、まさにその標準語のつもりだっただけにびっくり。

確かに佐賀、大分、熊本、福岡で育った私は、
各地の方言を覚えてきた。例えば、大分だと
「真剣疲れた~」が最初わからなかった。
「真剣」=「本当に」とか「すごい」とか言う意味だと知った。
通常の「真面目に」という意味とはニュアンスが異なる。

佐賀では「そうなたぁ~」とかばあちゃんがよく言う。
「そうなんだ~」とか「そうだね~」とか言う意味。
ちなみに最後の「なたぁ~」は語尾が上がるイントネーションである。

熊本では、中学の時授業で先生が話している言葉が
最初全く意味不明だった。ノートに言葉をメモって後で
友人に「これなんて意味?」と聞いていた。
強烈に覚えているのは「あくしゃばりうち」である。
決していい言葉ではない。「とってもむかついた」という意味。
ちなみに「あくしゃ」「ばりうち」という区切り方をする。
先生が授業で使う言葉ではないと思うのだが・・・。

また、熊本の有名な話で、道を訪ねるとジェスチャー付きで
「ぎゃん行って、ぎゃん行って、ぎゃん行くたい」と言われる。
「あ~、ぎゃん行くとね」聞くほうも、聞いたほうも
全て「ぎゃん」のみで通じる。熊本弁を知らない人が
「『ぎゃん』って何のこと?」と不思議がっていた。
「ぎゃん行って」=「こう行って」という意味。
第3者が聞けばお互い「ぎゃん」しかしゃべってないように
聞こえるらしい。

方言と言えば、先日旦那がマリノアシティのモンベルへ行った際、
「ザックを下見していて、店員さんから言われた言葉が
わからなかったんだけど、どういう意味だったの?」と後で
聞いてきた。(旦那は関東出身)
全く始めて聞いた言葉らしく、その言葉がなんだったのかも
わからない。「なんだろ~?」と私が色々言葉をあげてみた。
結局、その言葉は「からって」だった。
店員さんが「ザックをからってみてください」と言ったそうだ。
「背負う」を「からって」とか「かるって」とかいう言い方をする。
福岡ではあまり聞かないから、たぶん佐賀寄りの方言だと
思うけど・・・定かではないが、私には理解できる言葉である。
旦那が、それ以来やたら「からって」をわざと使っている。
言葉を覚えた子供のように楽しそうに・・・・。

気付けば、北部九州の方言をマスターしており、
その上で方言を全て隠せていると思い込んでいたが・・・。
そう思っていたのは自分だけで、実はかなりなまっているらしい。
旅先の四国でおばちゃんに話し掛けられ、普通に標準語で
話していたつもりだったが、「九州の人でしょ」と突然
見抜かれた。会社の人だけでなく、他人に見抜かれるとは
なまりもかなりの重症である。しかも、見事にブレンドされて
いるのでどこの地方のなまりなのかも不明である。
今後はこの九州ブレンドに、北海道がミックスされることとなる。
果たして、私はどこまで、どんななまりになるのだろうか。
こうご期待・・・・。

樹齢100年の杉

Posted by yokka on   0  0

今朝のニュースで和歌山県の某神社の樹齢160年の杉が
意図的に傷つけられ、枯れ始めていると言っていた。
その木を見たとき、「なんとむごいことを・・・」と
思わず思った。

私がお遍路を始めてから、お寺には必ずといっていいほど
樹齢数百年という大木(たいぼく)達を目にするようになった。
ずっと長い間、お寺を見守り続けてきたその大木達は
それはそれは立派で、ついつい木の前に立ち、しばし見とれて
しまうほどである。そして、時にはhugのように抱きついて
しまいたくなる木もある。実際に、手を大きく広げ、
抱きついたことも何度かあるが。(笑)
そんな木々は、とても穏やかで、触れるとなんとなく温かい
という気がするので不思議である。

そんな堂々とした木々を見始めて、そして山歩きをするように
なると、木は本当に生きているんだなぁと思うようになった。
とぼけたような話だが、本当にそう思える。
山を見るときも、以前はそこにある単なる風景だったのが、
今は、山も、森も、それを形成している生きた木々の集まりだ
という風に見えてくる。そしてその存在感にドキドキするのだ。

それ以来、街中でも「おや、木がこんもりしてる場所があるな」
と思うと、だいたい神社かお寺があることに気付いた。
立派な木があると思わず見とれる。街中でも神社やお寺は
木々によってずっと守られているんだなと思う。

以前NHKのプロフェッショナルという番組で、ある女性の
樹木医がゲストだった時があった。彼女は、まさに
木のお医者さんで、木を人間と全く同じような視点で見ていた。
彼女が手がけた大きな藤の木がテレビで紹介されたが、
その藤の木が花を咲かせた様子は、テレビを通してでも
その藤の持つ力強さ、なんともいえない生命力、まさに
生きている雰囲気が伝わってきて感動した。

そんな訳で、木が生きていると思っている今の私には
今朝のニュースは、殺人事件と同じような感覚で受け止めた。
どのような思いでその木に悪意を持ったかは、犯人の真意を
知る芳もないが、その木は自分が傷つけられる間、
ただ黙ってそこに立って、じっと犯人の悪意を受け入れて
いたと思うと、木の寛容さと人間の傲慢さが切なくなった。
木は物体じゃなく、生き物なのになぁ・・・。

発つ鳥

Posted by yokka on   2  0

しばらく美容院に行っておらず、プリン状態だった私。
(身だしなみに気を取られなくなったらおしまいである)
福岡で美容室へ行くのも最後になるので、
担当の美容師さんに挨拶がてら顔を出してきた。

帰り際、「元気で頑張ってくださいね!」と握手を
求められた(美容師は女性)。行く前にちゃんと挨拶に
行っといて良かったなぁとしみじみ思う。
今月に入って、知り合いのところへちょっとずつ挨拶に
行くようにしている。先日、学生時代のバイト先の店長の
ところへ行った時も、「体に気を付けて頑張ってね」と
握手した。お母さんみたいな店長で、私が遠くへ行くので
ちょっと心配してくれたみたいだった。
なんだかちょっぴり胸が熱くなった。
改めて、自分がこれまでどれだけの人にお世話になって
きたかをひしと感じてしまう。ありがたいことだ。

さて、7月から函館での新しい生活が始まる訳だが、
実は私達の入籍日が7月1日である。まさに結婚3年目に突入の
この時、すべてが一からスタートするのだ。
昔、仕事を転職する時、自分にとってこれは人生の節目だなぁと
感じた。全てをリセットし、再スタートする感じだった。
今回は2度目のリセットという気がしている。

新しく良いスタートをきるためには、やはり終わりを
きちんと締めくくらねばならない。今月はお世話になった人達に、
挨拶をし、「発つ鳥あとをにごさず」で福岡を去りたいと思う。
それにしても、私はいつも送られてばかりで、見送る側に
なってないので、温かく送り出してくれるみんなには
本当に申し訳ないなぁと思うと同時に、本当にありがたいと
つくづく感謝の気持ちでいっぱいである。

忙しいのに・・・

Posted by yokka on   0  0

引越しも少しずつしなきゃいけないことを、
のらりくらりとやり始めてる今日この頃。
ふと、旦那が図書館から借りてきた本が目にとまる。
そして、誘惑に負け、読み始める。
あー、面白くて2冊の本を2日間一日中読んでた私。
相変わらずこんな調子だが、面白かったのだからしょうがない。

『夜のピクニック』 恩田陸
青春小説。高校生たちを主人公としたストーリー。
結末を読み終わった後に、とにかく「あー、すっきり」と
清々しさが漂う本である。私は比較的、サスペンスぽい小説ばかり
読むので、サスペンスとは違う後味の良さと新鮮さがあって、
かなり面白かった。この主人公達は共学だが、
私は女子高だったので、この「青春!」って感じが、
読んでいてたまらなくうらやましかった。
ちなみに、今秋映画化されるそうだ。

『クラインの壷』 岡嶋二人
サスペンス小説。先に読んだ「夜ピク」と全く異なる
ジャンルで、「これってどうなるんだろう?」と思い続けながら
読んだ。最後の方で、「なにがどうなってるの?」と
混乱してくるが、そこがこの本の面白いところだろうと思う。
一度読み始めたら途中で止められなくなる本であった。

という言い訳をしながら、無駄に2日間を読書に費やして
しまい、相変わらず部屋は足の踏み場もないような状態である。
今週末には業者さんが見積に家に見に来るということなので、
いいかげん、見積ができるような状態にしなくては!と
思っているところである。とほほ。

新天地へ

Posted by yokka on   3  0

福岡に住んで16年、久しぶりに新天地へ行くことになりそうだ。
場所は、北海道函館。一気に南から北へ大移動。
福岡は本当に住みやすかったし、慣れ親しんだ場所なので
離れるのは寂しいが、行くと決まったからには
北海道を楽しまなくては!
博多の女から函館の女になります。以後よろしく。

それにしても、小さい時から親の転勤であっちこっち
動いてきたのだが、なにせこんな長距離の引越しなんて
始めてだし、今の家に来たのも2年前なので
引越しって何からすればいいんだっけ?
となんだか、これっぽっちも準備が進まない。
るるぶ函館を見て楽しんでいる場合ではない。
しなきゃいけないことは山盛りなのはわかっているが・・・。

昨日はさすがに旦那と遊びに出かけずに、
二人もくもくと部屋の片付けをしていたが・・・。
旦那は昔録画していたサッカーやらお笑い番組のビデオを
処分するからと「一応見納めしとかなきゃね」と
テレビの前に山盛りビデオを並べて、ビデオ鑑賞を始める始末。
私は一人部屋にこもり、こまごましたものをゴミと
いるものに分けていたが、写真が出てくるとついつい
見入ってしまい、「あー、これ○○の結婚式だー」等と
思い出に浸り、散らかるばかりで足の踏み場もない状態・・・。
二人ともそんな調子で、あまり進んでいない。
大掃除とか引越しって、なぜかついつい余計なことに
気が散るよなぁ。試験前に勉強しなきゃって思うと他のこと
したくなる気分と同じだ。(現実逃避)

それにしても、何も決まってない・・・。
真剣に引越し業者を探して、色々手配しなければ!とは
思うものの。何から手をつけたらいいのやら。
きっと来週あたりから、現実味を帯びてきて
大変なことになるんだろうなぁ~。(のー天気)
しかし、なんとか早く引越し日を決めなくては!!(はぁ~)

ま、明日はFilizとランチだし♪楽しもうっと♪
(結局、現実逃避は続く・・・・)

読書

Posted by yokka on   0  0

しばらく足が遠のいていたが、久々に図書館へ行った。
始めから目当ての本を探す時もあるが、
たいてい私の本の選び方は、ただただ本棚の本の題名を
順番に端から端まで目で追っていく。
気になった本に手を伸ばし、ちらっと中を読む。
「これだ」と思えば、借りるし、
「違う」と思えばまた本棚に戻す。直感選びである。
しかし、その時の自分の状態に一番あったものを
ちゃんと選んでいるから不思議である。
そして先週、今週読んだ本4冊は以下の通り。

『無意識過剰』阿川佐和子
『あのころ』さくらももこ
『中高年登山 トラブル防止小事典』
『ぐるぐる日記』田口ランディ

『無意識過剰』
阿川さんのエッセイは割りとよく読む。
阿川さんはテレビで時々キャスターやコメンテータで
拝見するので、「賢そう」「良識のある人」など
とても真面目できちんとした女性というイメージだった・・・。
が、阿川さんのエッセイを読むと私の勝手なイメージと
本に書かれているご本人のどじっぷりというか、
天然ぶりというかその意外なギャップが面白くて好きである。

『あのころ』
さくらさんの本は相変わらず笑いが止まらない。
またもや、いつものごとく一人で本を読みながら大笑い。
漫画のちびまるこちゃんって、本当に
ご自身の体験から、出てきているんだなぁと、
(ろくにちびまるこちゃんを見たことないのに)改めて思う。

『中高年登山 トラブル防止小事典』
山登りを始めて旦那にすべておまかせモードだったが、
前回の宝満山で、いつ何時どのような危険があるかわからないと
少し、危機感を持ったので、自主的に勉強してみることにした。
いやー、今更ながら、山は危険がいっぱい。
「もっと勉強しなくては」とさらに危機感をつのらせたのであった。
それにしても、この本は初心者の私でもわかりやすい本だった。

『ぐるぐる日記』
ずっと読みたかったが、なぜか後回しにしていた本。
田口さんの本は、すごくわかる!というところと
全くわからん!というところの両極端の内容だ。
全くわからんところは、どうやってもわからん。
しかし、すごくわかるところは、めちゃめちゃ共感する。
というか、今まで言葉で説明できなかった
自分だけの感覚や思想を「まさにそれそれ、その感情!」
と驚かされた初めての人である。
もともと「旅行記」→「エッセイ」→「小説」と
読み進んで行ったので、小説にたどり着いた時は、
「これを最初に読んでいたら不可解すぎて、
今ほどはまらなかったかもしれない」と思った。
エッセイでその背景を知って小説を読むと、
なんとなく自分の勝手な解釈だけど
その意図するところがわかったような気がする。
不思議な人だが、面白くて好きである。

このように、説明にもお勧めレビューにもなってない
単なる私の勝手な感想だが、どの本も何かしらのエッセンスを
私にくれたので、ご紹介まで。
さて、また新たな知識の泉(図書館)を覗きにいかなくては!

旅の試練

Posted by yokka on   0  0

私らが四国へ行く時は、フェリー+バイク又は、
深夜バスを利用することが多い。
そんな交通手段にも飽きてきていた昨年末。
2005年のお遍路をを締めくくるべく、新たな企画を思いついた。
車で福岡-香川(坂出)をひた走る!である。

車は持っていないため、レンタカーを借りることに。
4泊5日なので、旅費はできるだけ節約したい。
ということで、レンタルは軽自動車。ナビもなし。
尚且つ高速はできるだけ使わず下道を行くと言う
いったいなんの試練かと言わんばかりの強行軍に決定。
その昔、友人(女性)が一人運転で片道10時間かけて
下道を走り、鳥取砂丘を往復したという事実がある。
今回は運転手2名である。福岡から倉敷の瀬戸大橋までと
鳥取とはさほど距離は変わらない。
一人でできたことだ。二人なら10時間ぐらいの運転は
楽勝だろうと予想していた。

実際は、朝8時半に出て、坂出に着いたのは夜の8時半。
昼食などの時間も入るが、なんとも12時間かかったのだ。
10時間の予定が12時間というとたった2時間だが、
日も落ち、10時間走った後の夜の2時間というのは、
とてつもなくしんどい。二人とも自分達の安易な発想を恨んだ。

それにしても、「日本はなんて広いんだ」とつくづく
思い知らされた。福岡から香川までの遠いこと遠いこと。
福岡から飛行機でハワイに行くより遠いではないか。おいおい。
ハワイに行った時は飛行機の中で一眠りすれば着く。
「なんてハワイは近いんだ」と思った。
時間感覚とは摩訶不思議なものである。
香川が遠く、ハワイが近いなんて・・・。
そして香川でのお遍路を終え、律儀にもまた、
下道をひた走り福岡へ帰った。九州へ渡る関門海峡に
たどり着いた時は、「やっとここまでこれたか・・・」と
ちょっとした感動ものである。

レンタカーを返しに行ったとき、走行距離はは1200キロを
表示していた。レンタカーの店員さんが、一瞬見て、
もう一度メーターを見直したのを見逃さなかった。
4泊5日で1200キロである。「どこへいったんだ・・・」と
思うのも当然である。そして、この話を人にすると、
「なんでそんな無駄なことを・・・。高速使えばいいのに・・・」
と、呆れられてばかり。

しかしそんな徒労の旅にも収穫はあった。
何もせずにその場所へ行けることがいかにありがたいことか!
飛行機にせよ、フェリーにせよ、深夜バスにせよ、
私はただ乗ってさえいればよいのである。
あー、これからはいかなる場合も運転手さんに感謝しきりである。
もう一つ。行きは道に不安があったので(ナビがないから)、
市内を通るルートばかりだったが、帰りは山道ルートにした。
それが、正解!丁度紅葉の時期で、山の風景がとてもよかった。
こればかりは自力で行ったから見ることができたというもんだ。

我ながら勝手にやった苦労だが、その努力の分、
昨年最後のお遍路を締めくくるのにふさわしかったと思う。
無茶や無駄なこともやってみなきゃわからない私である。
ま、本人は楽しいと思ってやっている。
そして、無茶や無駄なことほど印象深く、面白い。
だが、12時間の往復は、正直めちゃめちゃ辛かった・・・。
もう二度と、車で行くなどと言うばかなことはするものか!
と誓っていたが・・・。辛い記憶はすぐ忘れる。
きっとまた無茶で無駄な旅行をすること、間違いなし。

(2006年お遍路始めは、福岡-愛媛-高知を1000キロ走ったとさ。)

のら猫

Posted by yokka on   3  0

お天気の日には、近所ののら猫が道端でお腹を出して
日向ぼっこしていたりする。
私が家から出てきても、チラッとこっちを確認するものの
「あ~、きもちいい」てな感じで、日向ぼっこを続けている。
緊張感が全くないようだ。どうもこの近辺はのら猫には天国のようだ。

私が見る限りボスらしきのが2匹いる。
1匹は飼い猫で、それはそれは堂々としていて、毛並みもよい。
しかし、目つきが悪い。「のら猫とは自分は違うぜ!」という
プライドが垣間見える。愛想など全く振りまかない。
もう1匹も恐らく飼い猫ではないかと思うが、定かではない。
それで、その猫はいつもスカーフを首に巻いている。たまに柄が
変わっていたりする。昔"じゃりん子チエ"という漫画に出てきた
ジュニアを思い出させるような三角スカーフだ。
うちでは「おしゃれさん」と呼んでいる。
「ほら、おしゃれさんが歩いてるよ」と旦那に教えたりする。

そしてうちの軒先は彼らの散歩道と化している。
時間帯によって通る猫が異なる。朝は白、昼は白黒、夕方は茶寅。
私は本来犬も猫も苦手だった。苦手だが、犬も猫も好きだ。
どちらも飼ったことがないので、慣れていないのだ。
相手もそれは瞬時に察するので、お互いに緊張感を持ってしまい
むつごろうさんのように「よし、よし、よし、よーし」などできない。
しかし、旦那は犬猫大好き。犬や猫を見ると、
これでもかというぐらい甘い顔をする。
という訳で、「子猫がうまれるよ」という理由で
餌はやってはいけないと近所のおじちゃんに軽く指摘されたが、
こっそり餌をやることにした。(近所のおじちゃん、ごめんなさい)

そのうち白黒の猫が頻繁に餌をもらいにくるようになった。
始めは、えらく警戒していて私らを見ると、
ぴゅーと逃げていたのに、旦那が駐車場に餌を置くようになって
しばらくすると、慣れてきた。
しまいには、私が窓を開け放って掃除をしていると、
窓の外の塀に登り、「にゃー、にゃー」と餌を催促する始末。
しかし、呼ぶだけで愛想はない。
朝、新聞を取りに玄関を出ると、玄関先にちょこんと座って
待っていることもあった。私はまだ猫に近づくのが恐かったので、
玄関に白黒がいる時はしらんぷりしていた。

白黒はしばらくすると、連れ合いを連れてくるようになった。
こちらは真っ白で、自分の容姿を武器に、壁に体を摺り寄せるような
猫独特の甘えのポーズでやたらアピールする。
白黒と違い甘え上手である。2匹は天気が良い日中は、
朝から夕方までうちの庭に居座るようになった。
たまに、ボスがくるといつのまにかいなくなっていたが。
だんだん2匹に愛着がわいてくる。ここまでくると私も慣れてきた。
特に白黒は初めてなついた猫だったのでとてもかわいく思えた。
ちなみに名前はそのまま「シロクロ」と「シロ」であった。
ひねりもなにもない。そのままである。

しかし、奴らは雨の日はこない。
しばらく雨の日が続いたある日、その日も朝から雨だった。
二人で外出しようと外に出ると、
いつもの定位置にシロクロがうずくまっている。少し震えている。
「雨なのに、きてるよ」近づいてみると、
なんだかやせ細ってちょっと弱っているように見えた。
「餌をもらいにきたのかな?」「病気かな?」
などと、二人とも心配になり、一旦家に入り、傘を持ってきて、
シロクロに雨が当らないようにし、餌を置く。
シロクロは目をつぶって、じっとしている。心配だったが、
外出の予定があったので、そのまま出かけることにした。
帰ってくると、餌はきれいになくなっており、
シロクロはいなかった。

それからシロクロは二度とうちの庭に顔を見せなくなった。
「あれ以来、シロクロちっとも来ないね」
「最後に、お礼に会いにきてくれたのかもしれないね」
と旦那が言った。まさかーっ!うそーっ!
あれが、会える最後の日だったのか・・・。
寂しすぎるじゃねーか、こんちくしょう!
生まれて初めての感情だ。
切なくて寂しくて、ちょっぴり泣けてきた。

それからしばらくは、「どうかどこぞで元気にしていておくれ」
と願っていた。もう1年近く経つが、つい癖でシロクロが
いつもいた庭先をついつい見てしまう。
相変わらずうちの庭先は猫たちの散歩道。
入れ代わり立ち代わり色々な猫が通る。
最近は茶色の猫が常連になりつつある。
しかしいまだに、あの愛想のないシロクロを思い出すと、
胸がジンとして切ない気持ちになるのであった。

将来なりたかったもの

Posted by yokka on   0  0

子供の頃、文集や色紙に何かといえば、
「将来何になりたいか」を書く機会があった。
幼稚園から小学校低学年まで、これといってなりたいものなど
いっこうになかった私。いや、なくはないのだが・・・・。
私のなりたいものは恥ずかしくて人には言えない・・・
と思っていたような気がする。
とりあえずは、友達が書いたのを参考に盗み見る。

女子は、だいたい"○○の先生"、"お嫁さん"、"バレリーナ"が人気。
男子は、"スポーツ選手"、たまに"総理大臣"などもいた。
物心ついてからかなり大人になるまで、
「先生」と名の付くものと、「お嫁さん」にはなりたくなかった。
という訳で、当時特別なりたいとも思わなかったが、
女の子らしく、いかにもうけのよさそうな「ほぼさん」と
書き続けていた記憶がある。しかし、本気でなりたかったことは
一度もない。(したたかな子供である)

ところが口外することなく密かな野望はあった。
小学1年の時は『野球のピッチャー』。
夏になると、両親が高校野球に盛り上がっていた時期。
「かっこいい・・・あんな風になりたい・・・」
と言うのがたぶん理由だと思う。
野球ごっこをする時は、我先に「ピッチャーやる!」と宣言していた。
しかし、野球選手は男の子がなるものである。
人に言えるはずもない・・・。内なる闘志を燃やすばかりであった。

小学校3年生ぐらいに『ラジオのDJ』。
しかも、このラジオのDJは4年生の「なりたいもの」に堂々と書いた。
しかし20数年前、DJになりたいなどと書く子供は私だけであった。
結構勇気がいった。当時、Myラジカセを買ってもらったばかりで、
家に帰れば一日中ラジオを聞いていた。
5年生ぐらいからは、布団の中で音を小さくして、
深夜のオールナイトニッポンを聞いていた。
同時に、洋楽にはまり、DJも全て英語の番組をずっと聞いていた。
マドンナ、シンディローパー、a-ha等等。
いまだに80'Sの洋楽が流れてくると、懐かしくてしかたがない。
「音楽を一日中聞けて、しゃべるのが楽しそう!」
というのがたぶん理由だと思う。(単純な動機である)
この頃から「しゃべる=楽しい」ということに目覚めていたようだ。
そういえば当時、文集に書くために、慣れないアルファベットの
「DJ」という文字を紙にメモって学校へ行った気がする。

そして、実際に「職業」として初めて意識したのは、
小学5年生である。『マクドナルドのレジのお姉さん』だった。
これは文章にこそ残してはいないが、親戚の前で公言した記憶がある。
「私は大きくなったら絶対、マクドナルドのお姉さんになる!」
親戚一同の失笑をかったことは言うまでもない。
しかし、本人は真剣そのものだったのだ。
なにがよかったのか・・・・理由は定かではないが、
小学5年生の私には、あの"笑顔"に魅了され、
大人の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
(決して、マクドナルドが食べれる!という理由ではない)

その後実際にマクドナルドに勤める機会はなかったものの、
学生時代のアルバイトから就職に至るまで、
接客業にずっと携わっていた。不思議なものである。
結局、人としゃべるのが好きな性格で今に至る。
しかし、大学生になるまで、自分がおしゃべりだと気付かなかった。
友達に言われて、気付いたぐらいだ。
自分のことは自分が一番わからない。

それにしても・・・・。
小さい頃から、いかに一般的な職業に興味を示さなかったことか。
憧れる職業は男の子がなる仕事が多かった。
男の子になりたい!と思っていた節もある。
しかしながら、結婚前の最後の職業では、周りから「先生」と呼ばれ、
現在に至っては、憧れもなにもなかった「お嫁さん」と
なってしまったのであった。人生、予想とは程遠いものである。

宝満山アタック

Posted by yokka on   0  0

庭のアジサイも咲き始めた。いよいよ梅雨到来か。
これから貴重になる晴れの日。
やっぱり山へ行こう!と昨日は朝から太宰府の宝満山(829m)へ。
初日の出で有名だそうだ。眺望がすばらしいというから期待大。

あいにく曇りで霞がかかっている。
山頂眺望は、果たしてどうだろうと思いながら、歩き始める。
宝満山は修験の山と言われるだけあった。
とにかく石段が続く。これでもかと言うほどである。
登れど登れど石段、石段、石段・・・・。
ところが、私らがえっちらおっちら歩いていると、
前から後からあきらかに私らよりも年配のおじちゃん、おばちゃんが
ほいほい登ったり降りたりして行く。
ちょっとしたトレーニング気分という感じだ。
場違いなほどにしっかり山の装備をした私らより
あきらかに体力がありそうだ。完全に負けている。

2時間半で山頂に到着。うっすら雲があるので遠くは見えないが、
風が心地よく、なんとも爽快な気分である。
岩の先は崖になっている。崖の手前で、風に吹かれながら
お昼のおにぎりを食べる。「お~、本当に来てよかった」と
この後起こる苦行も知らず、のんきに景色を楽しむ。
山頂眺望


さぁ、下山。そして苦行はいきなり始まった。
すんごい急な岩を鎖をつたって降りる。なんの罰だろうか。
旦那に続き、私もびびりながらなんとか降りる。
降りる前に、二人連れのおばちゃんがこの鎖を登って来た。
「こんにちは・・・(これを登って来たのか?!)」
いやー、中年パワーには本当に驚く。(そういう私も中年の部類か・・・)
岩を降りる

帰り道は行きと別コースをたどろうと、羅漢道を通る。
しかしこれが、私らの登山レベルでは、選択ミスだった。
途中道が崩れてて回り道しないといけない、
人があまり通ってない道なので、岩が苔むしていて滑りやすい、
目印がない上に道を枯れ葉が覆い、道がわかりにくい等等
「おいおい、辛すぎるよ・・・」と思うほどだった。
道なき道を歩く練習だったと思えば、よいのだろうか・・・。
まさに修験の山、宝満山よ!(自分たちの体力の問題である)
本当に辛い時は、写真を撮る余裕は全くない。
ただひたすら、1歩1歩前に進むだけである。
帰りは会話をする余裕すらなかった。
数時間前に、山頂でのんきにおにぎりを食べていた自分がうらめしい。

暗い山の中を「辛いなぁ」と思って歩いている時は
「なんでこんなことしてるんだろう」と思った。
ぶっちゃけすんごい疲れる。でも不思議と楽しい。
思い出すと「行ってよかったなぁ」と思える。
山には不思議な魅力があるもんだ。
それにしても。いつの日か、あの中年パワー全開になれるだろうか。
花
(時折咲いている小さな白い花に癒されつつ、3時間半かけて下山。)




  ***お知らせ***
  6月より公開モードにしました。
  現在は、パスワードなしで閲覧可能。

 

該当の記事は見つかりませんでした。