日々、積笑

笑って過ごせる毎日

津波からの非難

Posted by yokka on   7  0

就寝する時、買物してる時、
電車に乗っている時、
飲食店に入った時。

今、地震が起きたらどうするかをシミュレーションしている自分に気づきます。

狭い階段、エスカレーターにぎっしり詰まった人の列。
飲食店の一番奥の席。
逃げらない…と不安になります。

今日は、前回の続きの地震直後、家を出てからです。



アパートの駐車場に行くと、子供さんをかばいながら
お母さん達が同じように家から出て来ている。

その間も余震は続く。

家にいたのは、まだ就学前の小さな子供達。
地震直後は、幼稚園と小学生の子供達が帰宅する時間。

お母さん達が手分けして、幼稚園と小学生達を迎えに行く。

小さな子供達は、ご主人が使用せず自宅に置いていた方の車、
唯一2台の中に避難させておく。車は念のため、建物や電信柱から離れた場所に移動。

幼稚園、小学生達も無事に帰宅。

地震直後から停電し、まもなく携帯が繋がらなくなり、
地震の情報を得たくても手段がない。

避難をどうするか、お母さん達と話し合っている最中、
車のテレビから、大津波警報が出ていると知る。

テレビからの情報は地域が広すぎて自分達がいる場所の情報がわからない。

津波はどこまでくる?
どのくらいの高さ?
どこが安全?何もわからない。

車で10分ほどの近所の高台に逃げるか…車は2台しかない。
その場にお母さん達が10人ほど、子供も10人以上いる。

しかも、高台に登る道は狭い。渋滞したら津波から逃げ場はない。

アパートの4階に残っていたお宅の方が、
「早くみんなでうちに避難してきて!」と上から声をかけてくれる。
職場の旦那さんと携帯で連絡がとれ、津波が来ると言われたと。

「このアパートは地震に耐えられるのか」と怖がって、
4階に上がるのをためらう人も少なくない。

考える時間はあまりない。
子供達を安全に避難させる方法、
場所はどこか。自分達で判断しなくては。

最短で逃げられる1番高い場所はやっぱりアパートの4階だ。

アパートの外壁、階段の周り、見える範囲で建物に亀裂や損傷がないか
目視確認をして、問題がなければ4階に避難させて貰おうと決める。

問題なし。子供達を急いで避難させる。
建物に入ると同時に、外は突然の吹雪。

4階の踊り場の窓から見える範囲は限られてるが、
見える限り海の方角をみる。
建物が動いたら、近くまで津波が来ているとわかるはずだ。

吹雪で寒いが、いつまた大きな地震がくるとも限らない。
玄関から部屋までドアは開けたまま、しばらく海の方角を確認し続けた。

おそらく地震発生後、30分~1時間のことだと思う。

数時間後、避難したお宅で落ち着いてからは、ラジオから情報を得ていたが、
地震直後、停電した中で、津波情報を得た手段は、
唯一携帯で連絡が取れた奥さんが旦那さんから聞いた情報と、
車のテレビから流れる津波警報だった。

ただ「津波がくる」と。




(2011年3月11日  津波からの非難…終わり)

7 Comments

RaRa。 says...">kanaeさん"
早速お返事ありがとうございました。
記憶が定かではなく、失礼しました。
それに、お礼を言われるようなことは何もしておらず・・・恐縮です。

私の方こそ、一人でいたらどれほど心細かっただろうと
皆さんと一緒にいさせてもらえたことに感謝しています。
皆さんお元気の様子で嬉しいです。

思い出したくない記憶というのは・・・・
地震が怖かったというのもあるのですが、私自身、数年前に全く異なる怖い体験をして、
その時ものすごい恐怖にとらわれてしまい、一時期一人で外出できなかったのですが、
その恐怖心を克服できたと感じれたのがようやく昨年だったんです。

それが全く異なる不安なのに、地震で恐怖心がフラッシュバックしたのか、
地震の恐怖=過去の恐怖になってしまった気がしてました。
だから記憶として思い出したくないのは、過去の方が大きいのかもしれません。

でも、今はその不安感もなくなり、大丈夫です!
恐怖心の後は、津波で一瞬ですべてを失うのを目の当たりにし、とにかく無気力になり、
希望とか夢とか、頑張るとか考えられなくなったんです。

家事は一通りしますが、極力外には出たくないし、何もしたくない....
化粧もしたくないし、髪はボサボサ、ちょっと動くとすぐ疲れる....
これも地震の影響か、と思っていたのですが、
来年40になる私は、「もしかして年のせいか?」と、ふと思い当り笑えてきました。

地震のせいばかりにしてはいけませんね。(笑)

それと確かに共感するって大事ですね。
言われてみると、地震の話を唯一共感できたのは、神戸の震災を体験した昔の上司だけでした。
岩沼には直接連絡を取るような知り合いはいなかったので、
ブログを拝見させてもらいます。

というわけで、結構元気なので、ご心配おかけしてすみませんでした。
2011.07.12 17:58 | URL | #- [edit]
says..."承認待ちコメント"
このコメントは管理者の承認待ちです
2011.07.11 23:44 | | # [edit]
Kanae says...""
こんばんは☆

思い出したくない記憶…一時期私も精神的に相当きていて、乗り越えるのに3ヶ月かかりました。

岩沼へ戻ってきたのは5月の連休明け。その2ヶ月を関東で過ごしたことで、随分回復が早かったように思います。もしずっと岩沼にいたら、もっと時間がかかっただろうなぁ・・・
6月も中旬になると岩沼での生活にも慣れ、今では通常生活が送れるようになりつつあります^^

私の場合、遠方に住む知人に、一同に連絡が取れる手段として、携帯のバッテリーの面からしても一人ひとりに返信するのは困難だったので、
ブログは震災当日から活用していました。
精神的に定まらない日々も、家族に吐露することやブログにそのままつづることで、随分なはけ口になったようにも思います。

あとやっぱり記録って、すごく大切だな、と思ったので。岩沼に戻ってからは色んな方から当日いた場所、そこはどうだったか、とか、意見交換(おおげさですが)して情報を集め、どれだけ安全に暮らせるか考える参考にしています。

当時関東に避難していて、気持ちをわかちあえたのは同じように岩沼で被災した人達とのメールでした。
近況の連絡や、心身ともに今こんな状態だよ、子どもはこんな状態だよ、と頻繁に連絡を取り、「わかる、わかる」と支え合っていたように思います。

もし良かったら、私の3月4月のブログをRaRaさんが読むことで、気持ちをわかちあえるかな、と思ったりもしたのですが、その当時のことを思い返したくないほどだと言う事で、RaRaさんはまだまだ人の記録を読める状態ではないですかね・・・でも、RaRaさんも記録をつづり始めたんですね☆

うちの住まいのあそこに集っていた人達、みんなRaRaさんに会いたがっていますよ♪会ってお礼が言いたい、と言う人が沢山います!
早く元気になられることを心より願っています。
2011.07.11 23:37 | URL | #- [edit]
RaRa。 says...">kanaeさん"
コメントありがとうございます。
またお返事が遅くなってしまい失礼しました。

私が子供がいないので、普段からあまりご近所付き合いをしておらず、
お名前やどの部屋に住んでおられるかなど詳しくないもので、
どなたかはっきり記憶せず。。。。。すみません!

逆に震災の際に、普段挨拶程度の面識しかない私に、
みなさんが親切に声をかけてくださったことに
こちらが本当に感謝しているくらいです。

乳幼児がいらっしゃったということで、当時204号に3カ月の男の子がいたのと、
震災当日が出産予定日だった臨月の奥さんが
いらっしゃったのは覚えているのですが、その他は部屋に多くの人がいたので、
思い出せずすみません。

ブログも途中になっていますが、
震災の記憶を今後も綴る予定です。
思い出したくない記憶ですが、覚えておいて、
今後に生かすことも大切かなと思いつつ。。。。放置したまま(汗)

たった4ヶ月でも、お子さんの成長を見るとちゃんと4ヶ月経っているんですね。
私もブログ再開して頑張りたいと思います。



2011.07.11 16:53 | URL | #- [edit]
Kanae says...""
初めてコメントします。

こんにちは。
あの日あの時お世話になった、201の者です。

岩沼に越してきた2年半前、市内の情報が得たくて検索し、
ヒットしたこちらのブログ。
たまに見させてもらっていました。

半年ぶりくらいに訪れてみましたら。。。
震災当日の記録を見てびっくり!
まさかお知り合いが書いているとはずっと
知らずにいたので本当にびっくりしました^^;

転勤なさることを知らず、何もご挨拶もお礼も
できずに5月に自室に戻るともう引っ越された後で・・・

ずっと連絡を取りたかったので、今このブログで
気付けて、なんだか運命を感じます!(笑)

あの時は抱いているしかできなかった5ヵ月だった次男も
9ヶ月になり、今ではトイレまでハイハイで追いかけてくる
ようになりました☆

あの時は本当にお世話になりありがとうございましたm(__)m
2011.07.05 13:04 | URL | #- [edit]
RaRa。 says...">hirominさん"
良かった・・・・hirominさんもご無事だったんですね。
ブログでご縁があったので、どうされているかと気になっていましたが、
どうか無事でいて欲しいと思っていました。本当に良かった。

被災地に直接的にお役に立てることがなく、申し訳ない気持ちばかりです。
そして、私自身たいした被害もなかったのに、精神的な落ち込みがまだ時々あり、
無気力ともどかしさを繰り返しています。

なんとかそこから抜け出そうと、ブログに綴り始めたのですが、
やはりまた立ち止まってしまいました。
ここ数日、やっとブログに向き合えるかな・・・と思い始めたところでした。

震災後は自宅周辺しかわからず、
あちこちの状況を実際に目にしないまま引っ越したので、
私の記憶には今の時期、青葉が生い茂る美しい街並みや、
仙台から名取、岩沼まで続くおだやかな海岸線のイメージのままです。

復興への道のりは楽ではないですが、いつかまた仙台に行く際には、
以前のような美しい街並みになっていることを願っています。

ブログへのコメントありがとうございました。
2011.07.01 15:47 | URL | #- [edit]
hiromin says...""
ご無沙汰してました。札幌に引っ越されたのですね。そして・・・3・11の恐怖は忘れられませんね。でも無事でいらしゃって良かったです。本当。私の所は海から遠いのでなんとか。今は災害ボランティアを時々して過ごしています。またそちらの様子ブログ更新してくださいね。
2011.06.30 14:44 | URL | #- [edit]

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