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3・11の夜 その2

Posted by yokka on   3  0

札幌に来て、まずは札幌の防災マップを確認しました。
検索するとすぐにヒットするのですが、
地域ごとの最大震度予想、建物倒壊率、液状化予想地図などを確認できます。
見た瞬間、ぞっとしました。
地震の規模が思いのほか大きいのです。

札幌に来て、地元の人には「札幌は大きな地震がないからね~」と言われました。
東北に比べると歴史が浅く、大きな地震を体験した人がいないからだと思われます。

福岡にいたころ、「福岡は地震がない土地だ」と同じことを思っていて、
実際には大きな地震にあって、実は活断層があることがわかったので、
「地震がない土地」と思い込んでいる気持ちがよくわかります。

けれど、色々な調査報告をみると、札幌市周辺にも活断層があり、
それも数百年単位で大きな地震が起こっているので、
私が生きているうちに地震が起こるかわかりませんが、
札幌も全く安心という訳ではないようです。

そこで今回の震災で、我が家の地震対策を再度いくつか見直しました。
札幌で起こって一番被害が大きいと予想されるのは、冬です。
地震被害の他に、避難中の凍死が予想されるからです。

まずは、自分の住んでいる地域の情報を知っておくと対策もできます。
今回の地震を体験し、縁があって札幌に来たので、札幌の防災情報などを
今後も何かの折に紹介できればと思います。

では、今回も3月11日の夜の出来事の続きです。


********************************

 (3月11日の夜 避難したお宅にて)


臨月の奥さんを心配しながら雑談をしていると、ひとりの人に友人からメールが届いた。
アパートからも近い中学校が、避難所になっているとの内容だった。

ちなみにラジオで岩沼のFM局から流れる情報では、
避難場所は私たちのアパートからやや遠い岩沼小学校という情報しかなかった。

中学校ならなんとか様子を見に行けるかもしれない。
臨月の奥さんを対処するのに、何かしら連絡手段がないと困ることになる。

しかも津波の情報もその後定かではなく、また大きな余震が来たらこのアパート以外に
避難できる場所を確認しておくことも必要だ。

しかし、津波の危険性が残る中、確か中学校は川の近くだったはずだ。
果たして本当に安全だろうか。

外に出るのは危険だという意見もあるなか、
私なら、この中で唯一子供がいないので身動きが取れる。
もし、危険を感じたら戻ってくると約束して中学校の様子を見に行くことにした。

外に出ると、駐車場の車の中に避難している同じアパートの男性が一人いた。
地震が起きた直後、他の奥さんがこの男性と話をしているのを見ていた。

こちらの様子をうかがっているようだったので、車に近づき、
私たちの部屋の状況やこれから中学校を見に行くことを話すと、
「危ないので一緒に行きましょう」と言ってくれた。

確かに辺りは真っ暗なので、一人で見てくると家を出てみたものの、
男性がついてきてくれると言われて、正直ちょっとほっとした。

道路に車が数台走っているが、信号機が停電しているので、気をつけないと危険だ。
中学校までは、川の横を歩いていくが、見ると水位はそれほど上がっていない。
「この川は海には直接つながっていないので、大丈夫ですよ」と男性が教えてくれる。

中学校までの経路は子供でも安全だと確認できた。
では、室内はどうだろう。一部、非常灯のようなものが付いているが、やはり暗い。

学校の先生らしき人や、避難している数人が話し込んでいた。
私たちが避難している場所に臨月の奥さんがいるが、
何か緊急の対処が必要になったら連絡手段はあるか?
と尋ねると、「手段はない」「どことも連絡がとれない」と言う。

ただ、近くの産婦人科は機能していると聞いているので、
心配ならば早めに移動させておいてはどうかと言われる。

(家に戻って検討してみよう)

避難所の中を見に行くと、部屋はストーブがあり、暖かい。
トイレも使えるそうだ。ただ、どの部屋もすでにいっぱいで、毛布も足りず、
自分で持参するしかないそうだ。

とりあえず、中学校の様子を確認して再び来た道を家に戻る。
アパートに着き、男性にも声を掛けたが、
「部屋には女性子供しかいないなら、男性の自分が行くと不安に思うかもしれないので、
車で待機しているから大丈夫だ」と言われた。

確かにそうだ。こんな時なのにとても配慮のきく方だと感心した。
アパートの下に着くと、臨月の奥さんが出てきていた。
実家の方が近くに住んでいて車で迎えに来てくれたので、実家に避難するそうだ。
近くの産婦人科が機能していることを伝える。

あぁ。本当に良かった。これで後は無事に出産できることを祈ろう。
(後日、無事に出産されたと聞きました)

部屋に戻り状況を説明すると、やはり子供たちを移動させるのは厳しいという結論になった。
このアパートが倒壊しないことを祈り、なんとか朝までこの部屋で過ごすことに決めた。

夜中も余震は続き、テレビの横で寝ていた私は、余震の度に起きてテレビを抑えていた。
リュックも背負ったまま、上着も着たままただ横になり、
寝ているような寝ていないような夜を過ごした。



(2011年3月11日  3・11の夜 その2....終)

3 Comments

RaRa。 says...">hirominさん"
(前回のコメント返信について)
前回ボランティアについて、知ったようなことを言ってしまい、すみません。
hirominさんにもですが、現地で復興しなければならない現状を
なんとかやるしかない中で、頑張っている方々や、
ボランティアで協力している方々の価値観を、
現地にも赴いていない、何もしていない私がコメントすることは不適切でした。
私ももっと現地の様子を理解するよう努力し、
何かの形でお役に立てるよう心がけたいと思います。
色々考えていて、今回のコメントに至りました。
2011.07.17 19:07 | URL | #- [edit]
RaRa。 says...">hirominさん"
こんばんは。
現地の様子は、マスコミからは演出的に事実の紹介がなされ、
離れた場所で実態を知ることは難しいので、
より広く多くの事実を聞くことは、
震災以降とても大切なことだと感じています。

今後も書きたいことがあれば、コメントにじゃんじゃん載せて下さいね。

温度差は確かにあると思います。
私は地震後、地元の福岡に帰っていましたが、
一部には悪気はないのですが、地震の被害や状況を理解しておらず、
軽い気持ちで対応され、つらい思いをしたこともありました。

けれど、ほとんどの知人、友人たちは私の安否を心配し、
とても温かい心遣いをしてくれましたし、
被災地のために積極的に働きかけてくれている人もいます。

被災者側も、支援する側もどちらもひとくくりにはできませんよね。
色々な人がいますし。hirominさんが腹立たしく思うのも、
修行不足のせいではないと思いますよ (笑)

今は、事実を知り、感じて、考えて、行動することが、
とても必要な時なので、災害ボランティアで娘さんが得ることは、
いいことも悪いこともとても大きなものになると思います。
何より、実際に活動されているhirominさんのご家族に頭が下がります。

私自身何もできていないので、お恥ずかしい.....
まずは実体験をブログに載せることで、
事実を知る機会の一つになれればと思っています。

それと....思いのほか、元気になっていますので(笑)
ご心配、ありがとうございます。

2011.07.13 22:47 | URL | #- [edit]
hiromin says...""
更新有難うございます。あの日 物凄く冷静な行動をとられてたんだな~っと感心して読ませて頂いてました。私なんてパニックで叫んで震えていただけでしたから。 県外では何もなかったような感じなので こうやって 3.11のことを語り忘れないようにしていかれる事は大事ですね。でも あまり落ち込まず新しい土地で前向きにいかれるのも大事ですから。宮城県にいても温度差凄いですよ~今の現状で少しでも自分に出来ることを・・と娘にも色々学んでほしくて家族で災害ボランティアさせて頂いてますが・・ゴミ同然の物資に苛立ったり お礼を言わない人にチッって思ってしまったり・・全然 修行が足りてません(笑)
2011.07.13 12:47 | URL | #- [edit]

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