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3・15 福岡へ帰ろう その3

Posted by yokka on   0  0

現在の日本では、被ばくした子供たちをきちんと診察できる小児科医が少ないという
内容を読みました。今までに診察例がないからだそうです。
チェルノブイリで診察経験のあるお医者さん達と連携することを希望されていました。

一部では低線量被ばくによる体調不良を懸念される声もあるようで、
放射能と関係があるかないかは、おそらく時間をかけての研究などによるのでしょうが、
子供が原因不明の体調不良になることほど、
お母さんたちにとって不安が大きいものはないでしょう。
すでに後手後手でしょうが、放射能に対応する医療体制を早急に整えて欲しいものです。

そんな内容をみて、改めて原発のいきさつやチェルノブイリの状況などが知りたくなり、
原発関連の本を読み始めました。

色々思うところはあるのですが、原発に対して無知であった、
もしくは知らされずだまされたという前提は一旦外して、
もちろん最後まで先祖代々の土地を渡さぬよう努力した方々もおられることでしょうし、
色々な理由がからんで、身動きが取れなかったこともあるでしょう。
ただ、あきらめや妥協の中にも、最終的には原発を受け入れることになったのは
一瞬「自分たちは幸せになれる」と、思えたからではないかという気がしました。
(あくまでも私が感じた印象です。)

お金がもらえる、職がもらえる、道路ができる、税金が少なくなる・・・

人によって受ける形は違えど、結果的には、
裕福な暮らし、利便性のよい町、地域の繁栄。
どれも、誰もが描ける当たり前の幸せに思えます。

そんな「普通の幸せ」が、「安全な原発で」叶うと思っただけなのに。
その代償は一瞬の過ちですべてを奪うことになるかもしれないなんて。
無責任に原発を推進してきた人達が恐ろしい・・・・。

転勤族の私たちは、原発のない場所ってどこかしら・・・と数年前、
こんな状態になることなど夢にも思わない頃、地図上で探したことがあります。
ほとんどないのです。原発の息の根がかからないところなんて。
日本中原発だらけに驚き、どこも同じか・・・と
諦め気分になったたことを覚えています。

ちなみに札幌市の私の家から一番近い原発は、泊原発。
直線でおおよそ70キロ圏内。

以前住んでいた岩沼市は、福島原発から80キロ圏。
函館市は、大間原発から、海を挟んで30キロ圏内です。

親、兄弟、親戚、祖母・・・多くの知人が暮らす
福岡市や、佐賀市に一番近い原発は、玄海原発。
どちらの市も直線でおおよそ40キロ~50キロ圏です。

福島の事故での関東の影響を見ると、
風向きなどで一概に距離では言えませんが、
それにしても、どこも絶対安全とは言えない場所です。

そして今住んでいる北海道にも、故郷の九州にも
大好きな豊かな自然があちらこちらにたくさんあります。
美味しいものも、数えきれません。
「人間はいつか死ぬんだし・・・」などと、あきらめている場合ではない。

せめても自分の家に一番近い原発の状況に関心をもつ時期なのかもしれません。
まずは知りたいと思うことから。


今日は、3月15日のできごとの続きです。

********************************

 (3月15日 15:40 山形 山交BC到着)

偶然にも仙台からスムーズにバスに乗り、山形市内に無事に到着。
実は半年ほど前、ふと思い立って山形県を車で一周する旅をしたばかりだったので、
山形の地理は大まかに頭に入っていた。

そして友人から、秋田で電車が動いている可能性があるとの情報があった。
家から破り取ってきた東北の地図を見ながら交通機関を探す。
そこから考えると、山形から日本海側の鶴岡や酒田まではバスがあるし、
酒田から日本海側を通る秋田方面への電車が確かにあった。

地震の影響で運行状況はわからないが、今の時点の選択としては一番確実に思える。

山交BC前でバスを降りると、また目の前に人の列があった。
なんの列かと尋ねると「鶴岡・酒田行きのバスに並んでいる」という。
列の先頭は見えず、どれくらいの時間になるのかわからないが、並べばいつか乗れる。
最後尾を探して、とりあえず並ぶ。

並んでいる間、時間的に今日は酒田までぐらいが限度かと思い、
念のため酒田駅周辺のホテルを予約して抑えておくことにした。
距離感、時間、地域の情報など、以前の旅行で得ていた知識の一つだった。

そして、酒田から秋田まで電車で行けるか、どのくらい時間がかかるかも
携帯が使えるので検索する。
おおよその移動時間は確認できた。電車が動いているかどうかは、
酒田に行ってから直接確認するしかないだろう。

そして秋田空港を目指すからには、より確実に移動するために、
できれば航空券を抑えたい。
夫の知り合いに予約を頼もうとするが、相手は仕事中のようで連絡がとれない。
そんな時、九州へ向かうことを伝えていた私の叔母からメールが入った。

叔母メール:(今どこにいるの?空港は決まった?)
私:(山形までバスで来ました。酒田に向かうバスに並んでます。)
私:(秋田空港に向かう予定ですが、チケットがまだ手に入っていません)
叔母:(空席を調べてまた連絡するから)

・・・・・

叔母:(九州への直行便はないから、羽田経由で乗り換えなら少し席がある)
叔母:(早くしないと席が埋まりそうだから、どうするか連絡をして)

そんなやり取りをしている最中に、予想より早くバスに乗れる順番がきた。
どうやらこの状況なので、臨時便が増発されているようで、バスがたくさん来ている。
バスの料金を払って、荷物を荷物置き場に載せて、とあわただしくしているので
叔母への返事ができない。叔母からは催促のメールが続く。
とりあえず、バスの中に入り、席に座ってメールを開く。


( 16:00 鶴岡酒田行きバス 山交BC出発 )


私:(今、鶴岡酒田行きのバスに乗れました。)
私:(今日は時間的にも、酒田まで行ってみます。ホテルも予約入れてます。)
叔母:(明日なら秋田空港の何時の便に間に合う?)
私:(予定通りで行けば10時半には秋田空港に到着できるはずなので、それ以降で探してください)
私:(私と夫のマイレージ番号とカード番号を送るので、そのまま予約を取ってください)

そこまで連絡したところで、バスが山間の高速道路に乗ってしまったので、
携帯が圏外になり連絡が取れなくなった。
窓の外を見ると、辺りはすでに真っ暗。
しかも辺り一面雪景色で、吹雪いている。やはり日本海側は雪がまだ多い。
おそらく、道路には1メートル以上の積雪が残っている。

バスの中は相変わらず満席で、先ほどよりもさらに緊迫感がましている。
さすがの私も飛行機のチケットが予約できたかどうかが心配で、黙っている。

携帯の電波が復活。
叔母:(チケット予約できました。秋田‐羽田‐福岡です。詳細を後で送ります。)
私:(ありがとうございました!!!!)

とにかく、チケットが手に入ったことがほっとした。
後はなんとしても時間までに秋田空港にたどり着けば福岡まで帰れる。
そう思ったら、人間不思議なもので、今日の夜は何を食べようかなと考え始める。
いつものくせで、携帯の食べログで酒田駅周辺を検索していたら、夫が

「こんな時にも、RaRa。らしいね。」と爆笑している。

確かに、無意識にいつもの行動をしていた自分が恥ずかしい。


( 19:40 酒田BC到着 )

酒田は雪が止んでいた。ホテルは酒田駅近くだったので、そこまで少し歩くが、
その前に駅に寄って、明日の電車の状況を確認しておかなければ。

電車は秋田方面は通常通りに運行していた。
早朝6時41分 羽越本線 秋田行きに乗れば、
秋田駅からエアポートリムジンに乗って秋田空港へ時間内に行ける。

チケットを二人分購入して、予約していたホテルへ向かった。
ホテルは地震の影響で節電しているというが、電気もお湯もすべて通常通り使えた。
地震以来お風呂に入っていなかったので、まずは何をおいても先にシャワーを浴びる。

そして、食事はと言えば、岩沼を出る前におにぎりを食べただけで、
持っていたお菓子類で今の時間まで過ごしていた。
ホテルの1階に居酒屋のようなものがあったので、そこで夕食をとる。

私たち以外は、みなビジネスマンという感じでのんびりした雰囲気だ。
久しぶりのちゃんとした食事。普通の居酒屋料理が夢のようなごちそうに思える。


( 23:00 )


部屋で寝る準備を済ませ、明日の朝も早いので眠りたいが、
今朝からの緊張状態で一向に眠気がない。
明日はまた朝から移動し、うまくいけば、夕方には福岡に着ける。
まだまだ気を緩める気分ではない。
羽田を経由するので、原発にこれ以上被害が大きくならないことを祈る。

今朝からの出来事を二人でしゃべっているうちに、少しだけ眠れた。


(酒田駅付近ホテル 一泊)



(2011年3月11日東日本大震災 「3・15 福岡へ帰ろう その3」・・・終わり


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